水曜日の夜出血があった。
おりものが色づく程度のものだったが
ネットで調べてみると
妊娠後期の出血は早産につながる恐れもある様子。。。
ビビって木曜日受診した。

原因ははっきりわからず
検査の結果を待つこととなったが
重大なトラブルではないとのこと。
とりあえず、ホっとした。

チビにつきあって毎日お出かけ続きなので
少し疲れたのかもしれない。
ゆっくりしていないなぁ、という気分でもあったので
今日から1週間、てっちゃんの実家に
チビを預かってもらうことになった。

チビはてっちゃんと二人で
昼前に出掛けて行った。
で、今まで6時間くらいたったのだけど
何だか少し暇だなぁ。
私ってホント毎日子育てしかしてないんだなぁと
実感する。
二人目が生まれる前としては
まとまった時間の得られる最後のチャンスかも。
HPの作成でもしようかな〜
10日くらい前、外陰部に静脈瘤が出来ているのに気づきました。
昼寝せずに過ごしていると午後違和感を感じて
触れてみると腫れて居るのです。

そんなこともあって最近はチビと昼寝するように
しているのですが、
今日は行き過ぎて
家事以外何もしないダラダラデーになってしまいました。
寝坊しててっちゃんの弁当もナシ。
悪かったなぁ。
でも週に1回くらいの頻度であれば
チビも自分のおもちゃでゆっくり遊ぶに良い日と
感じてくれる様です。

今日ネットで調べてみたら静脈瘤には
同じ姿勢を続けるのが良くないようです。
昼間は立ち続け、
夜は座り続ける生活なので
キッチンで立っているときも
足踏みとかした方が良いかな〜と思いました。

話は変わりますが有機野菜のセットに入っていた芋。
ずーっとさつまいもだと思っていました。
昨日さつまいものモンブランを作ろうと思い
皮をむいてみたら、なんと山芋!
とりあえず全量短冊に切ってみたものの
扱いに困って冷蔵庫に保存。。。
これからネットでレシピ調べて
お菓子か何かにつかえないかな〜と思っています。

子育てサークル

2005年1月21日
今日は団地内の子育てサークルに参加した。
未就園児の集まりだが、半分以上は来年入園を控える子供たちだ。
チビには少しお兄さんお姉さんだが、
それがいい刺激となっている様で
2週間に1度のこの会をチビも楽しみにしている。

午前中は団地の集会室でおもちゃを持ち寄って遊び
親たちは情報交換というか
よもやま話。
良識ある感じのママが多く、
喋っていても気持ちよい。

午後は親しい人たちで集い
誰かのお宅にお邪魔して
お昼を食べ、おやつを食べ
夕方まで過ごさせてもらって解散する。

マタニティスイミングの知り合いや
育児を通じて親しくなった友人とは
今までの友人とは共有することの無かった
話題やら感覚やら
新鮮なこともいまだ多い。

中学・高校時代は一貫校だったり、
学生時代から仕事までずっと同じ専攻だったりして
つきあう人たちのキャラクターが絞られていたかもしれない。
自分の時間の過ごし方は
付合う人の種類を見れば
ある程度わかるのだろう。
というよりむしろ、
つきあう人により自分が作られてゆく、ということかなぁ。

今日、ママ友たちと喋っていて
私をみんなが年齢以上に落ち着いていると
思っていることが驚きだった。
そんなことは学生時代や仕事上の友人たちには
言われたこともなかった。
「ふわふわ飛んで行ってしまいそう」
と言われたことはあったけど!

育児を通じて自分が変化しているんだなぁ、ということを
実感する。
「相手を受容する」
ことが育児のメインの仕事だもんなぁ。
腰すえて受け止め続けるわけだから
落ち着いてくるんだろうなぁ。
最近投資本をよむことが多い。

今更ながら「金持ち父さん」を読んで
お金と生活について
新たな視点を得ることが出来たから。
関連サイトがネット上も多いらしいけど、
特にサラリーマン的生活感覚に埋没してる人には
新鮮な視点が多かったんじゃないかなぁ。

さらにネットでいろんな人のHPをみていると
歳の老若に関わらず
思慮深いひとの多いこと。。。
勉強になる!

子育てはいずれゴールが来る。
育児は私自身を育てる最も大きな出来事だけど、
それ自身は私の人生の背骨にはならない。
変化し成長し続けることが目的?!

と・に・か・く!

カッコイイ大人になるために、
自分の美的感覚を磨くのが大切!
そのためには仕事するのが一番!

自分の仕事も
「投資価値」という視点で見ると
仕事の仕方が新しく見えてくるかも。

プール

2005年1月17日
12月からプールに通わせ始めた。
私のお腹が妊娠6ヶ月と大きくなってきて
チビの相手がままならなくなったからだ。

ママ友に誘われたのがきっかけで
昨年の5月ごろから市民プールに連れ出していた。
私と二人で入るプールの感触は悪くなかった。
だから習うのも大丈夫だろうと思っていた。

出産後も続けるから
最初から(親同伴でなく)子供だけで泳ぎを教えてくれるコースを選んだ。
最初の3週は毎回私との別れ際に泣いていた。
その後も
プールに入れば楽しそうにするけれど
「今日プール行く?」と聞けば
「行かない!」と必ずチビは答えた。

しかし、今日は「行こうか〜♪」との返事。
ようやく楽しめるようになってきたみたいだ。

チビがプールで習っている間は
読書でもしようと思っていたが
実際に通い始めると
一番良い席で
子供の姿を心配そうに釘付けで眺める私。
自分でも気づくと笑えてくるんだけど、、、

6月24日の日記

2004年6月24日
ここのところ何のメディアにも子育ての記録を残してこなかったけど、
後から振り返って楽しいかも、ってことで
日記的につけるのを再開したいと思います。

最近チビが気に入ってる遊びが砂場遊び。
雨が降っていなければ、毎日昼寝後
5時ぐらいから7時ぐらいまでの間
ばっちり遊ぶ。
器やバケツなどに砂を入れてはこぼし
入れては移し替えしてる。

裸足で服の汚れも気にせず
砂の上に座り込む。
たまには頭からかけてみたり、
砂をなめてみたり
目に入って痛がったりして。
でも1時間以上集中して遊ぶ。
他の遊びで1時間もつなんて
水遊びくらい。
よっぽど楽しいんだろうな。

1歳過ぎてママによっては復職してる。
私も頑張んなきゃ、という一方で
人が育って行くのを間近で見つめる
こんな貴重な体験をみすみす逃す事もないと
この時間を正当化してる自分が居る。
仕事だって始めれば出来るだろうに、
仕事欲しければもっと活動するだろうに、
二の足踏んでる自分。
意外と家庭にいたいのかな???
いや、そんなはずはない、と思う。

勤めが大変だったから、
無意識のうちに休憩したいと思ってたんだろうか。

あらら。。。。

散歩する理由

2004年6月20日
梅雨の晴れ間も今日までとのことで
今日は平和公園まで散歩した。

散歩が大好きだ。
意外な街のつながり方を自分の目で確認することは
エキサイティングだし、発見もある。
ホントは東京ならもっと面白いんだけど。

いつからこんなに歩く様になったんだろう
たぶん学生時代、千代ちゃんとつきあいだしてからかなぁ。
原宿〜渋谷界隈を、週一くらいでは歩いただろう。
大学4年から院2まではゆうと歩いたし、
院卒業間近から出産まではてっちゃんと歩いたし、
大阪では一人で歩いたし、
今はこうして名古屋でチビと2人や3人で歩いてる。

こうやって名古屋に住んでいる事が不思議だ。
10年前は名古屋に降り立った事もなかったから。
自分の仕事をやめて
「だんな」の仕事先に一緒に住んでいる自分。

10年前
自分の身は自分でたてる
と思ってた頃と全然違うイメージ。

でも
「○○すべきではないか」
と思って悩むのはやめにした。
焦って空回りして
「こんなこともできたのに。。。」
といつも後悔する自分を変えたいと思うから。
今目の前にある課題からめいっぱい学ぼうと思う。

街の風景を歩いて初めて知る様に、
自分の立つ場をしっかり見つめておこうと思う。

2月25日の日記

2004年2月25日
日記、こんなに書いてなかったとは。。。

今日はチビ友たちと動物園に行った。
今週は月・火曜日と寒かったのだが
今日は暖かく晴れ、チビたちを遊ばせるのに
とても良い日だった。

休日は我が子に動物の姿をしっかり見せようと
おりの前はちょっとしたバトルが繰り返されてるが
平日の動物園は、のどかそのもの。
みんなで象を見ていたら
エサをやる時刻になったようで、
子供たちに長い棒で象にエサをやらせてくれた。

チビにはエサやりがとても印象的だった様子。
「バナナ、チっとした!」
と口に手を当てて連発していた。
バス代程度の入場料で
動物は見られるわ
車を気にせず伸び伸び遊べるわ、
すばらしい!と感動した。

毎週いきたいなー。

ホントこわい

2003年11月22日
チビのことについて書きたいが・・・

最近は戦争やテロのニュースが多くて本当に嫌になる。グローバル化って言うけど、それはハッピーなことばかりじゃなくて、恐怖や危険もなんだと思った。

私達は少しは状況を改善できるのだろうかな。
チビたちは改善してくれるのだろうかな。

どんなに苦しい立場に追いやられても相手のどこかに敬意を払える度量がなければ、平和を語る資格もないのだろう。

我が身に置き換えて考えてみる。
・・・でも頑張ってみようと思う。
今日初めて児童館にいった。

小さい子供を遊ばせておけると噂で聞いていたからだ。

行ってみると「遊戯室」という大きな部屋に、自由に遊べるおもちゃがあって子供達が遊び、親がおしゃべりしながら見ている。さながらサロンといった感じ。

子供はだいたい3才ぐらいまでで、下はハイハイから。うちのチビは歩けるから、最初は問題なく遊びだし、近くの子供と少しやりとりしたりしていい感じだった。

しばらく放っておいて、再びふとチビに目をやると

「うわー(冷汗)」

チビが椅子にあお向けに押し付けられ、3才ぐらいの子が被いかぶさってチビの顔を掴んでいる!チビはぐっと我慢している。

止めに入ろうとすると、向こうからその子のママがやってきた。「そんなことしちゃだめでしょ〜」でもその子はそんな事よくやってるらしく、またか、という感じ。

チビはワーっと泣いてかけ寄って来た。
顔に血が。。。

そのコは「ごめんなさいは?」と言われてもソワソワソワソワ。子供なのに何か思いつめたような目つきをしていた。いろんな子供がいるんだな。。。

大人のなかでぬくぬくと遊ぶのとはひと味ちがう緊張感。世の中は厳しいね。でも、相手はコドモとはいえ、いや子供だからこそ、注意して目を配らないといけないなぁ、と実感。
乱暴なコドモをもつ親はもっと気を配って危害を与えない様にしてほしい、なんて思ってしまう私も世間知らずなのかしら。。。
1才過ぎてからのチビの成長振りは目を見張るものがある。特に行動や気持ちの表現がだいぶ豊かになってきたし、モノとモノの成り立ちが徐々に把握されつつあることがわかる。

弱々しい得体の知れない生物の時代が終わり、ヒトの歴史を彼も歩みだした。

一方で、育児も一山越えた、と思える。

チビの活動している時間は相変わらず彼に振り回されっぱなしだ。でも9時には寝て、私は自由になれる。

落ち着いてもう一度、自分の人生を踏み出すことも(時間は限られてるが)できる。

妊娠によって会社を辞め、10年振りに建築以外の世界に出た。主婦と家庭と子育てと近所つきあいの世界。小さくて、ありふれた、社会の最小限単位の世界。『一般的な価値観』ってこうかな。と思わせる感じ。

私がこれまで切り捨ててきたものたち。チビの出産を契機に新しい世界との接触点を持つことができた。
今までだったら喋りもせずに別れたであろう人たちとも、子育てをキーワードにすこし踏ん張ってみる。意外とおもしろいこともある。自分の世界を広げようと試みる。


さてさて、そんな人たちとのつきあいも少し落ち着いてきた。本来の自分の世界を(異なった視野からみることも含めて)また育ててゆきたいと思う。

時間は無限にあるよで、実は限られている。
のびのび建築ができる素地と環境を整えよう。

おでまし

2003年11月15日
今日は久々にてっちゃんの両親がチビに会いにやってきた。

昨日の朝
「明日伺いたいんだけど都合どうかしら」
なんて電話してきたところをみると、例の話合いの後、実家に電話を入れた模様。
時間ないなりに、いろいろ立ち回ってるのね。
感心、感心。

10時の約束が到着は11時半だった。
まあ、、、よしとする。

チビの成長具合に驚いている、そりゃそうだ。

私はチビを預けてっちゃんとベビザラスに買物。
両親が帰ったのは4時近くだったから、
さぞかし満足しただろう。

これまでは休日の朝、突然
「今家を出て、車でそちらに向かってるところ。準備しといてください」
なんて電話がかかってきたこともあった。
事前に相手に都合を聞く、なんて
(親しい間柄でも)当たり前のことだ。

しかし当たり前が当たり前じゃないのが結婚相手の常識なんだよね。
最近は(熱が冷めて来たのかもしれないけど)実家の人々がシャシャリ出て来て不愉快な出来事も少なくなってきた。結構快適な関係にシフトしつつある気がする。

お互い話をすることで、気持ちを理解し、歩み寄れることもあるなぁと実感した。

まあ、実際は互いの実家から遠いのが一番いいのかもしれないな。

1週間越しの仲直り

2003年11月10日
土曜日深夜、てっちゃんと仲直りできた。

ふーぅ。結果オーライとは言え、長い長いケンカは疲れました。

デスクトップに書き置きしていた文章を読んで、反省したとのこと。

そりゃそうだ。

今までは、断片的に文句をいっていたから、パンチがなかったみたい。文章で書き置いたのが結果的に良かったかも。私も思ったことを残さず書けたし、彼も詳細まで読み込んでくれた(はず)。


彼の言い分としては

・実家の人たちが2週間に1度も来ていたという認識がなかった。また、近所に住んでいるジジババが頻繁に顔を出すのは普通と思っていた。周りのひと(チビ友のジジババ)よりかなり頻度が高いとなれば、少し頻度を抑え、用事があるときに会うので十分だとおもった。

・実家のひとたちがてっちゃんが思う程、てっちゃんを必要としてない、というのは、言われてみればそうだ、と思った。

・会いに来るなら予定を事前にあわす、などは実行可能だと思ったし、実家の人も、こちらに迷惑をかけてるつもりもかけるつもりもないのだから、話せばわかると思う。

・家庭に十分貢献してるつもりだったが、私からみるとそうでもなかった。家族をぞんざいにするつもりはない

・仕事が忙しいのはこれまで通り我慢してもらわないといけない。

とのこと。


あまりにすんなり受け入れてもらえたので、少し肩透かしをくらった気分。
言いたいことは全て書いたけど、無理言ってる訳ではなかったから、当然だけど。

ものすごーく、価値観の違う人と結婚してしまったかも
という不安は、取りあえず拭えた。
人間そんなに急に変われるものではないから長い目で見ていこうと思う。

これからも、ぶつかること、あるんだろうなぁ。フリーダカーロじゃないけど、苦悩を抱えていること自体が生きているってことなんだろうから。強くなきゃ、生きて行けないね。

以下の文を先にてっちゃんに読んでおいてもらって話し合いすることにした。

てっちゃん
毎日おつかれさま。
平日も連日夜中、
休日出勤もほぼ毎週末。
やりがいのある仕事に恵まれているだろう反面、疲れもたまっていると思います。

しかし先週末のようなのは
あまりにもひどい。

以下は私が感じてること・思ってることのほぼ全てです。
てっちゃんも考えていることをもっと表現してほしい。
ナアナアに済ませても、くり返すだけ。二人が折り合うポイントが見つけられるまで話し合いたいと思っています。
週末、時間があるといいのですが。


■てっちゃんが忙しければ、大変なのはてっちゃんだけではありません■
てっちゃんは忙しい。
だから子育ては私がすべてやっている。
他のママよりよくやってるという自負もある。
平日は仕方ない。
休日出勤の日だって仕方ない。
家族連れの溢れ返った街を毅然と歩いている。
心おきなく仕事できる様に環境は整えてるつもりだ。

だから、休みの日は違う過ごし方をしたいのだ。
休日まで私に気を遣う用事を詰め込まないで欲しい。
それが無理なこともあるだろう。
無理なときは、せめて一言ねぎらって欲しい。
いつもありがとうの一言もない。

■一緒に住んでるだけでは、家族ではありません■
独身時代も、そして結婚してからも別居のうちは、
問題があればとことん聞いてくれた。
離れて住んでいても、てっちゃんが支えになっている実感があった。
最近は(こと実家の件に関しては)話し合っても、話が聞こえていない。
常に対症療法。
結論も急いで勝手に決めてしまう
離れているこらこそ、うまくいってたのかな。
一緒に住めば即「家族」という関係が完成すると思ってるんだろうか。
背負って立つべきものは何なのか。
人の家族にちょっかいばかり出して、
足下が固まってないんじゃない?!

「好きなこと」が私やチビを逃れることなら
一緒に住んでいることすら意味ないのかな。
むなしい。

チビが生まれたのはてっちゃんの選択でもあったはず。
チビと(せめて)遊ぶくらいのことは、仕事ではなく、選択の延長線上です。
「気を遣う」の中に入ってませんか?

■私達家族より実家との関わりにウェイトを置くのか、理解出来ません■

大体週末となれば、実家は1週おきに会いに来る。
親が近くに住んでいる子の家庭にしたって、かなり多い方で
よく驚かれる。
回数が多いだけではない。
突然来るし、てっちゃんの休みも2週間に1回なのだから、
3人揃った貴重な日に介入してくることもままある。

持ち時間が少ないのだから、双方の要望を完全に満たせっこないのだ。
一方を取ると一方を捨てる、っていう解決策じゃなくて
両方の要望を兼ねた解決を考えなきゃ。
例えばさ、、、

「なんで私達家族より実家との関わりにウェイトを置くのか」
「彼自身がストレスに感じる程、実家に気を遣わないといけないのはなぜ?」
ずーっと納得できない疑問。
諸悪の根源はそこ、な気がする。

実家にウェイトを置きだしたのは同居生活が始まってから、
それかチビが生まれてから。
お父さんが病気になってから、なのかな。
私が感じるに、てっちゃんは
「実家の家族は俺が背負って立たなきゃ」って思っている様に見受けられる。
しかし実家は「お父さんの家庭」じゃないの?
てっちゃんは「お父さんの家庭」から巣立って、一人立ちしてるんじゃないの?
そして「てっちゃんの家庭」を作ってるんじゃないの?
「てっちゃんの家庭」ってどこ?私には家しか見えない。

義妹が実家にいるから「てっちゃんが欠けた状態」に見えるけど、
本来、義妹が自立して、
お父さん夫婦が向き合って生きる時期なんだと
私には思える。
そして義妹も来年には30才、お兄ちゃんが必要かな?

多分、てっちゃんが気にしてる程、実家はてっちゃんを頼ってない。
だって、今は元気だし、若い。
みんながこちらから車で帰ったとき、向こうから「着いた」って電話はほとんどないのに、無事着いたか、いつも確認の電話をしてる。たかが車で1時間のところを。。。全員、大人なのに。。。
私が実家からチビを電車で連れてかえって来たって「着いた?」って実家から電話来たことないよ!

てっちゃんが頼られたいんだ。。。
頼るべき人からの声には肩をすかして・・・

■私に理解させられないのなら、事ある毎に気を配って下さい。
てっちゃんの実家への気の遣い様は、「長男」を超え、かなり特異なものと思う■

・お父さんの両親を引き取るときに、両親がてっちゃんの目の前で大もめしたのでは
・お父さんが頼り無いと思える強烈な事件があった
・お母さんから「頼りになるのはてっちゃんだけだ」と言われ続けてきてる、とか。
なんて、勝手に想像してみる。。。

■私の中の対処策
私の中にある「休日」って概念がストレスを生んでいると思った。
ずーっと平日だと思えばいいのかも。
「休日」があるから、てっちゃんに「期待」する。
「休日」なんて最初からなければいいのかも。
そんな風に思った。
じゃ、家族の中のてっちゃんの役割は?
平日の朝すら一緒に遊ぶ事がオプションとなった今、
同居してる、意味は?
チビがもう少し、大きくなれば、
生まれてくるのだろう。

■対処策 2
実家との関わりについて
てっちゃんの理解が得られないようであれば、
私が直接実家と話し合いをすることもできる。
※こじれたときは、修復不可能だが。
例えば
・てっちゃんはほとんど休みの時間がないから、
 週末の予定を事前に連絡取り合って欲しい。
 (いつも2、3時間しかあわないのだから、休日出勤する前などに合わせて欲しい)
 折角の彼の休日の日に、思いつきで出掛けて来て水を差さないで欲しい。
など。
結婚式の準備の時、てっちゃんは「進捗は実家に報告してる」って何度聞いても言ってたが、
実際に実家に行くと、知りたいことは全然伝わってないようだった。
私が話して安心していたのを思い出す。
「てっちゃんに聞いても全然ワカラヘン」とも言っていた。


好きで結婚してるんだから、今回は本当に解決できるだろうと信じています。
昨日は結局てっちゃんは9時ごろかえってきた。髪を切っていた。もしや実家にいってたのかも。聞かないけど。
帰ってくるなり、布団に入って寝てしまった。

今朝もほとんど喋らず出掛けた。
ちびともろくに遊ばずに。

なんだかどうでもよくなってきた。
たかが男一人について悩んでも仕方ない。
自分の人生を生きなきゃ。

悩みは成長の糧。

好きで結婚したし、ずーっと好きだった。
好きだから一緒に住んでる。今もそう。

かつては問題があればとことん聞いてくれた。
離れているからこそ、ちゃんと話し合おう。
離れているこらこそ、うまくいってたのかな。

好きなこと、が私やチビを逃れることなら
一緒に住んでいることすら意味ないのかな。
彼にとって一緒に住んでいる意味、あるのかな。

まあ、でも離れる理由もないのか。
悩みを真正面から受け止めるもよし、
かわして便宜的に生きるもよし、

相手に期待し過ぎるところがあるのかなぁ。
こんな悩み、幸せな方かなぁ。

けんかした。

2003年11月3日
世間はこの週末は3連休。
てっちゃんも昨日・今日2連休だった。
最近はいーっつも仕事で、平日も連日夜中の3時ごろ、
休日出勤もほぼ毎週末。

「車を借りて、ドライブにいこう」
ちょっと楽しみだった。
昨日、昼食をやっつけたのち
「車、どこに借りにいく?」
どこのレンタカーやさんに行くの、という意味だった。
「実家」
「えー!今から?泊まるの?」
「や、どっちでもいいよ」

人の実家に行くのは気を使う。
私に一言の相談もなしに決めていることに腹が立った。

文句を言ったら、家に引きかえすハメになった。
「みんなに気を遣って、僕は自分のやりたいことを全然やっていない」
てっちゃんは夜までふて寝。
まあ、疲れてたんだよね。

今朝
「今日は平日と思うことにするから、好きな様に過ごしたら?」
と言ってみた。
「あっそ。」
帰る時間も何も言わず、ひとり出て行ってしまった。
それっきり。

休みとなれば、1にチビ、2に実家。
何で、2に実家なんだ。
何でそんなに気を使わなければならないのか、よくわからない。

大体週末となれば、1週おきに会いに来る。
親が近くに住んでいる子の家庭にしたって、かなり多い方で、よく驚かれる。

てっちゃんは忙しい。
だから子育ては私がすべてやっている。
他のママよりよくやってるという自負もある。
平日は仕方ない。
休日出勤の日だって仕方ない。
心おきなく仕事できる様に環境は整えてるつもりだ。

だから、休みの日は違う過ごし方をしたいのだ。
休日まで私に用事を詰め込まないで欲しい。
それが無理なこともあるだろう。
無理なときは、せめて一言ねぎらって欲しい。
いつもありがとうの一言もない。

イタリアに行けたのは感謝してます。
でも私が言ってるのはフツーのことと思うけどナ。

持ち時間が少ないのだから、全ての要望なんて満たせっこないのだ。
一方を取ると一方を捨てる、っていう解決策じゃなくて
両方の要望を兼ねた解決を考えなきゃ。例えばさ、、、

一方、私の中にある「休日」って概念がストレスを生んでいると思った。
ずーっと平日だと思えばいいのかも。
「休日」があるから、てっちゃんに「期待」する。
一緒に出掛けたい。
チビと遊んで欲しい。
チビの世話を手伝って欲しい
家事を少し手伝って欲しい
それからそれから、どんどん贅沢になってくる。
「休日」なんて最初からなければいいのかも。
そんな風に思った。
じゃ、家族の中のてっちゃんの役割は?
同居してる、意味は?
チビがもう少し、大きくなれば、
生まれてくるのだろう。

覚王山の縁日

2003年5月21日
やー、あいてしまいましたが。。。

噂には聞いていた覚王山の縁日へ。
地下鉄の駅につくと、噂通りジジ、ババがワンサカ、待ち合わせしたりしていて微笑ましい。
まどかみなみと合流、4人で歩きはじめる。

縁日、といったら普通はテキ屋の屋台で埋めつくされているものだが、ここは違う。野菜、植木、魚、ババシャツ屋、乾物屋、ぼろきれ屋・・・縁日というより市だ。ドイツのニュルンベルグの広場でみた朝市にかなり近い雰囲気。

まどか師匠いわく「参道、はまだまだ序の口。メインはやっぱ、境内だから、まずは物色しつつ境内まで行って、帰り道で買物すべし」とのお達し。何度かこの縁日を体験して得た知恵なのだ。

店に近寄ると、ビックリ!すーーーっごく安いのだ。乾物などは市価の半値くらいだと思うが、特筆すべきは鮮魚と野菜。体長30cmくらいのカツオが2本で600円、1本でもカツオ丼6杯分くらいの身が取れたぞ!牛乳パックくらいのボリュームのマグロの赤身が1000円!ほんと、感動した〜!

何を買うにしても量が多いので、まどかちゃんと半分ずつすることにしてカツオとイカ、しょうがを買って帰る。刺身で食べたが鮮度もまあまあ良しでした。

ナゴヤの街って、観光客を全然相手にしてないのね☆

御無沙汰していました。

チビを預けてのイタリア旅行、行ってきました。フィレンツェの友人をたずねがてら、12日間の旅。学生時代を含め12年も建築に携わっていながら未踏の地であった西洋建築の原点。

しかし、まず驚いたのが

イタリア人ってなんて享楽的なんだ!!!

ゆったりおおらかに人生を謳歌する人々の姿を目にし、三十路にしてカルチャーショック!
そして日本の良さも再認識できた、良い旅でした。

チビは、というと『親はなくとも子は育つ』を地でいっていた様子。母乳を飲まなかったせいもあり、肌荒れもすっかり回復☆

「ただいまー」

久しぶりに会ったチビはキョトンとして私を見た。他人を見る目。中途半端な表情を10秒くらいした後、泣き出した!なきながらこちらをジトーっと観察してる。

しかし10分もすると私が誰だか分かったらしく、抱き着いてきて手の平で私の腕をポンポンたたいた(何かしてほしい時や嬉しい時、何かしたい時は、いつも手のひらで机などをポンポン叩くのだ)

実は私も久しぶりにチビにあったとき

「これが私の息子なるもの、なのね」

何か他人事の様で、そして人見知りのような気分になってしまった。そんな心が伝わったのかな。

帰ってきて11日、すっかりもとの感じに戻り、仲良くやってます。

イタリア準備

2003年4月2日
日記がしばらくあいてしまった。

私のタマゴなし生活も成果がでてきた。チビの肌荒れが大分おさまってきた。汁とかさぶたがいっぱいだったホッペがしっとりツルツルに。

母はイタリア準備で忙しい。
今週土曜日にてっちゃん方の実家にあずけ、月曜日にその足で空港に向かう。
まだ後半の宿が押えられていないが、後半なだけに何とかなるのでは、と楽観している。

しかし、旅行は諦めが肝心だ・・・と思ってしまった。パッケージツアーならまだしも、駆け足なハシゴ旅では自由旅行の意味がなくなってしまう。そうなると訪問地を絞り込まないといけない。あと1日あれば・・・なんてつい考えてしまうが、納得する日数旅行したら3ヶ月くらいになってしまうのだろう。

旅の準備も旅のうち。準備もまた楽し。インターネットでイタリアの鉄道の時刻検索まで出来てしまうのだから、おどろくべしだ。
今回は宿や見学地などに積極的に電話している。メールで問い合わせると書面が残ってよいし、聞き違い、聞き損ないがないのは良いが、時間がかかる。電話は話が早い。ヘタっピ英語でゴリ押しだが今のところ用事は済んでいる。

宿を決めて旅立ちたいよ〜ん!

人見知り

2003年3月25日
今日ごんごん親子が遊びにきた。

だいたい週1回くらいは遊んでいる
(ってことは私やてっちゃんの次に会っていることになる)。
なのに、ここ2ヶ月ぐらい、ごんママに人見知り。だっこしてもらう度に泣いていた。
しかし今日は泣かず、怪獣の様に奇声をあげてゴンママの顔を覗き込んでいた。吹っ切れたのかなぁ。
人見知りって成長の証なんだろうけど、それなりに気まずくなってしまうので、出来れば早く卒業してほしいなぁ、と思っている。

明日はおばあちゃんがやってくる。
人見知り、しちゃうかなぁ。

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